2024.04.03
【福祉ネイリストになった決定的なできごと】
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2024/11/02
【福祉ネイリストになった決定的なできごと】
長文になります。場合によっては苦しい話になりますので、ご家族やご自身が今辛い状況にある方はお控えください。
先日ナーシングホーム様に勇気を出してご連絡させていただき、
福祉ネイルについてご説明する機会を頂けましたので
お忙しい中お邪魔させていただき、私のしている活動について
お話させていただきました。
ナーシングホーム、という場所は医療が必要な方が多い介護施設になります。ということは終末期の方ももちろんいらっしゃるわけです。
話は変わりますが、
私には正直父親としてはかなりどうなんでしょうという
自由気ままな破天荒の父がいました。
しかし相反して父の背中は大きく、人として頭が良く、難なく物事を片付けてしまうその父が憧れで大好きでした。
末娘でしたので愛情は気分的にでも1番くれたと思います。
不快に思われる方もいらっしゃるので、
その他色々父がやらかしている部分は割愛致しますが💦
私が中学2年生の林間学校の3日前
高校生の兄がアルバイトで稼いだお金を持って、
借金と家賃を滞納し続けている賃貸の自宅に私たちを残して消え去りました。
そのあとはもちろん辛く、苦しい生活でしたが、
私は今思えば自我を守るため、「地球に比べたら自分の悩みとかちいさいよね」とか「衣食住なんとかなってるだけ良いよね」とか持ち前の変換機能で乗り越えつつ、なんとかとにかく働くそのうち母の面倒を見ながらできるように手に職をつけたくてネイリストの学校に入り卒業しました。
その後は若くして同級生と結婚して、
長女が生まれて少し経った頃
携帯電話に知らない番号から電話が来ました。
出ると突然、
「おい、わしだよわし。おとうさん!
あゆみ、なんだお前。結婚したのか?」
7年ぶりの言葉がこれです。
お察しください😇
言ってやりたいことは
後日泣きながら当たり散らかしたのでご安心を🤣
でも、若くして結婚して、ネイリストにもなかなか戻れず金銭的に困っていた私達を救ったのは結局父でした。
いなくなっていた間にちゃっかりと一からやり直して、
小さな会社でしたがとある警備会社で成績上げて出世していて、
昇進の際必要な書類のために久しぶりに戸籍謄本をとったところ、
私が除籍になっていたことで死んだのかとパニックになり、
母に電話したそうです。
なんなんだか。。。
そのあとは私の状況をきいて、
子供を育てるために経験もない事務員として
雇っていただき、会社の皆様に育てていただきました。
そしてそこからまた6年経ったとある日、
父に肝臓がんが発覚します。
すでにステージ4。治療しながらもって2年。
正直その時はあまり覚えていません。
キャプションが長すぎると
インスタ先生に怒られたので次に続きます。
(写真は父の背中と長女を嬉しそうにあやす父)
長文になります。場合によっては苦しい話になりますので、ご家族やご自身が今辛い状況にある方はお控えください。
先日ナーシングホーム様に勇気を出してご連絡させていただき、
福祉ネイルについてご説明する機会を頂けましたので
お忙しい中お邪魔させていただき、私のしている活動について
お話させていただきました。
ナーシングホーム、という場所は医療が必要な方が多い介護施設になります。ということは終末期の方ももちろんいらっしゃるわけです。
話は変わりますが、
私には正直父親としてはかなりどうなんでしょうという
自由気ままな破天荒の父がいました。
しかし相反して父の背中は大きく、人として頭が良く、難なく物事を片付けてしまうその父が憧れで大好きでした。
末娘でしたので愛情は気分的にでも1番くれたと思います。
不快に思われる方もいらっしゃるので、
その他色々父がやらかしている部分は割愛致しますが💦
私が中学2年生の林間学校の3日前
高校生の兄がアルバイトで稼いだお金を持って、
借金と家賃を滞納し続けている賃貸の自宅に私たちを残して消え去りました。
そのあとはもちろん辛く、苦しい生活でしたが、
私は今思えば自我を守るため、「地球に比べたら自分の悩みとかちいさいよね」とか「衣食住なんとかなってるだけ良いよね」とか持ち前の変換機能で乗り越えつつ、なんとかとにかく働くそのうち母の面倒を見ながらできるように手に職をつけたくてネイリストの学校に入り卒業しました。
その後は若くして同級生と結婚して、
長女が生まれて少し経った頃
携帯電話に知らない番号から電話が来ました。
出ると突然、
「おい、わしだよわし。おとうさん!
あゆみ、なんだお前。結婚したのか?」
7年ぶりの言葉がこれです。
お察しください😇
言ってやりたいことは
後日泣きながら当たり散らかしたのでご安心を🤣
でも、若くして結婚して、ネイリストにもなかなか戻れず金銭的に困っていた私達を救ったのは結局父でした。
いなくなっていた間にちゃっかりと一からやり直して、
小さな会社でしたがとある警備会社で成績上げて出世していて、
昇進の際必要な書類のために久しぶりに戸籍謄本をとったところ、
私が除籍になっていたことで死んだのかとパニックになり、
母に電話したそうです。
なんなんだか。。。
そのあとは私の状況をきいて、
子供を育てるために経験もない事務員として
雇っていただき、会社の皆様に育てていただきました。
そしてそこからまた6年経ったとある日、
父に肝臓がんが発覚します。
すでにステージ4。治療しながらもって2年。
正直その時はあまり覚えていません。
キャプションが長すぎると
インスタ先生に怒られたので次に続きます。
(写真は父の背中と長女を嬉しそうにあやす父)